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ちょうごんか長恨歌

白居易|中唐|七言古詩

漢皇重色思傾国
御宇多年求不得
楊家有女初長成
養在深閨人未識
天生麗質難自棄
一朝選在君王側
回眸一笑百媚生
六宮粉黛無顔色
(中略)
在天願作比翼鳥
在地願為連理枝
天長地久有時尽
此恨綿綿無絶期

※日本で一般に読まれている本文によります。長編のため、有名な部分を抜粋して掲載しています。

書き下し文

漢皇かんこう 色いろを重おもんじて傾国けいこくを思おもふ

御宇ぎょう 多年たねん 求もとむれども得えず

楊家ようかに女むすめ有あり 初はじめて長成ちょうせいす

養やしなはれて深閨しんけいに在あり 人ひと未いまだ識しらず

天生てんせいの麗質れいしつ 自おのづから棄すて難がたく

一朝いっちょう 選えらばれて君王くんのうの側かたわらに在あり

眸ひとみを回めぐらして一笑いっしょうすれば百媚ひゃくび生しょうじ

六宮りっきゅうの粉黛ふんたい 顔色がんしょく無なし

(中略)

天てんに在ありては願ねがはくは比翼ひよくの鳥とりと作なり

地ちに在ありては願ねがはくは連理れんりの枝えだと為ならん

天てんは長ながく地ちは久ひさしきも時とき有ありて尽つく

此この恨うらみ 綿綿めんめんとして絶たゆる期とき無なからん

現代語訳

漢の皇帝は美しい女性を好み、国を傾けるほどの美人を求めたが、長年見つからなかった。楊家に娘がいて、ようやく年ごろになったばかり。奥深い部屋で育てられ、まだ世に知られていない。天から授かった美しさは埋もれたままではおかず、ある日選ばれて皇帝のそばに仕えた。振り返ってほほえめば、あふれるほどの愛らしさ。後宮の美女たちも色あせて見えた。(中略)「天にあっては翼を並べて飛ぶ鳥に、地にあっては木目がつながった枝になりましょう」。天地は永遠のようでもいつかは尽きる。だがこの悲しみは、いつまでも絶えることがない。

原文と書き下し文の対照

漢皇重色思傾国 ― 漢皇 色を重んじて傾国を思ふ
御宇多年求不得 ― 御宇 多年 求むれども得ず
楊家有女初長成 ― 楊家に女有り 初めて長成す
養在深閨人未識 ― 養はれて深閨に在り 人未だ識らず
天生麗質難自棄 ― 天生の麗質 自づから棄て難く
一朝選在君王側 ― 一朝 選ばれて君王の側らに在り
回眸一笑百媚生 ― 眸を回らして一笑すれば百媚生じ
六宮粉黛無顔色 ― 六宮の粉黛 顔色無し
在天願作比翼鳥 ― 天に在りては願はくは比翼の鳥と作り
在地願為連理枝 ― 地に在りては願はくは連理の枝と為らん
天長地久有時尽 ― 天は長く地は久しきも時有りて尽く
此恨綿綿無絶期 ― 此の恨み 綿綿として絶ゆる期無からん

鑑賞

玄宗皇帝と楊貴妃の愛と別れを歌う百二十句の長編。『源氏物語』桐壺巻は冒頭からこの詩を下敷きにしており、平安時代の日本で最も愛された漢詩の一つです。(冒頭と結びの抜粋)

日本で親しまれる理由

『源氏物語』桐壺巻に影響。平安文学で最も愛された漢詩

語句

漢皇
漢の皇帝。実際は唐の玄宗を指す
傾国
国を傾けるほどの美女
粉黛
おしろいとまゆずみ。宮女
比翼の鳥・連理の枝
夫婦の固い契りのたとえ

作者

白居易の生涯と作品一覧は作者ページへ。

作られた背景

元和元年(806年)、白居易三十五歳の作。友人の陳鴻が同じ題材で「長恨歌伝」を書いた。

この詩から生まれた名前

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