つとにはくていじょうをはっす早発白帝城
朝辞白帝彩雲間
千里江陵一日還
両岸猿声啼不住
軽舟已過万重山
千里江陵一日還
両岸猿声啼不住
軽舟已過万重山
詩
※日本で一般に読まれている本文によります。
書き下し文
朝に辞す白帝 彩雲の間
千里の江陵 一日にして還る
両岸の猿声 啼いて住まざるに
軽舟 已に過ぐ万重の山
現代語訳
朝焼けの雲がたなびく中、白帝城に別れを告げ、千里離れた江陵まで一日で帰りつく。両岸の猿の鳴き声がまだやまないうちに、軽やかな小舟は幾重にも重なる山々をもう通り過ぎてしまった。
原文と書き下し文の対照
朝辞白帝彩雲間 ― 朝に辞す白帝 彩雲の間
千里江陵一日還 ― 千里の江陵 一日にして還る
両岸猿声啼不住 ― 両岸の猿声 啼いて住まざるに
軽舟已過万重山 ― 軽舟 已に過ぐ万重の山
鑑賞
三峡を矢のように下る舟の速さが、句の勢いそのものに表れています。流罪を赦された喜びがこの軽やかさの背景にあるとする説が有力です。
日本で親しまれる理由
「軽舟已に過ぐ万重の山」。教科書定番
語句
- 白帝
- 白帝城。長江三峡の入り口
- 彩雲
- 朝焼けの美しい雲
- 住
- やむ、とまる
- 万重山
- 幾重にも重なる山
作者
李白の生涯と作品一覧は作者ページへ。
作られた背景
流罪先の夜郎へ向かう途中で赦免の知らせを受けた乾元二年(759年)の作とする説がある。日本では「啼不住」、中国では「啼不尽」の本文が多い。